トトロの写真日記

トトロの日記です! 毎日は書けません・・・(笑)

被災地の気仙沼に行ってきました。

5月27日~30日にかけて、仕事仲間と宮城県気仙沼市唐桑町に行ってきました。
大震災から1年あまりが経ちました。
もっと早く行きたかったけど、ようやく・・・って感じです。

当初は仮設住宅での、傾聴と炊き出しのボランティアを計画していたけど
今は食べ物に困ってる状況ではないので、炊き出しをしても人が集まらないとのこと。

そこで、急きょカラオケ大会に変更。
これなら食べ物も出せるし、歌をうたって楽しんでもらえるし、みんなのお話も聴ける。

27日、奈良に集合してマイクロバスで夕方4時に出発。


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諏訪湖で夕食

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ここのS.Aのレストランが異常に高いので、みな夕食はコンビニで買いました。
この日の夕食です。
ざる蕎麦とおにぎり(笑)


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夜の11時に埼玉・鶴ヶ島に到着。
スーパー銭湯でお風呂に入り、メンバー(隊長)の自宅で宿泊。
ここで全員がそろい21名に。

軽くビールを飲んで、就寝。

写真は昨年6月に息子達が行った時に、地元の漁師さんから
お礼に頂いた大漁旗です。
隊長の家にかざっています。
今回のグループで被災地を訪れるのは3回目。


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5月28日午前5時30分起床。
朝食をいただき、6時30分出発。

S.Aで休憩するたび、新緑の美しさに癒される。
福島あたりでは、まだツツジが綺麗に咲いていました。


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午後2時、気仙沼に到着。
ガレキはきれいに無くなり、更地になっていました。
昨年の今頃は異臭が酷くて、建物もまだ悲惨な状況で残っていました。

この船だけは残してあります。
モニュメントとして残す計画があるそうですが、地元の人は嫌がっていました。
そらそうだ!


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ここで、全員で黙祷。
亡くなられた方々の冥福を祈りました。


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家の基礎部分だけが残ってます。

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まだ、撤去されてない建物も一部ありました。

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ここは、人も車も通る所なので危険だと思うのですが・・・
酒屋の本社。
1階部分が無くなっています。


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仮設住宅に到着。
あいにくの雨。
白い息が出るくらいの寒さにビックリ!

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ここで、次の日のカラオケ大会で出す、焼き鳥・豚キムチ・うどん・ぜんざい、などの食材とビール・ジュースなどを買い出しに行く班と、プロパンガス・鉄板などを準備する班と、80軒ほどの家にチラシを配る班に分かれる。

僕はチラシ配り。
チラシは、こんな感じ。


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準備を終えて、宿泊する古民家に行く途中でお風呂に入る予定だったけど、
なんと、銭湯が休みでした~(笑)
寒くて、そんなに汗もかいてないので、風呂は取りやめに・・・

夕食は気仙沼ホルモン!
これが味噌だれで美味かったです。
キャベツの千切りにからめて・・・ビールのアテに最高!
今回は地元でお金を落とす事も、一つの目的!!


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12時就寝。
就寝時、部屋の中はこんな感じでした。
遅く寝た人は、敷き布団なし。
布団の数が足りなかった(笑)

昨年はキャンプ場でテント生活だったので、今回は有り難い状況です。


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朝、目がさめると青空がのぞいていました(^^)/
山の中の古民家・・・こんな感じ。
想像していたよりもきれい!
この1階部分をお借りしました。


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5月29日午前6時起床。
朝食は、こんな感じ。
写真には写ってないけど、味噌汁もありました(^^)/

自炊なので、女性が5名いてくれて助かりました。
男だけだったら、たぶん朝からカップ麺だったでしょう(笑)


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会場の仮設住宅に行く前に、岩手県・陸前高田市へ。
気仙沼は宮城県でも、岩手県との県境。
バスで20分ほど走り、「奇跡の1本松」 を見てきました。
テレビで見ていたけれど、場所の雰囲気が想像と全然違いました。


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何千本の松が流されて、この1本だけが残っているのは、まさに奇跡的です。
松は危機的状況だけど、なんとか頑張って欲しいです。


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9時半、会場に到着。
会場の仮設住宅に着く頃には、晴れてきました(^^)/

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集会所の前に段ボールで呼び込みの看板を。。。
ちょっとショボイ。準備不足です(笑)

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会場の準備。
何人来られるか分からないけど、30人座れるようにしました。


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11時・・・「時間を間違えた」と言って、81歳のおばぁちゃんが来られる。
一番乗りのおばぁちゃんへ、スタッフ一同大拍手!
ホントに嬉しかった。

12時のカラオケ開始まで、お茶を飲みながら色んな話を聞かせていただく。
僕にとっては、被災された方との初めての会話。
ちょっとドキドキ。

おばぁちゃんの顔は明るい。
 「遠くから、よく来てきれました」・・・と、感謝の言葉がいっぱい。。。

話は自然と震災当日の話に。
おばぁちゃんは震災時、この仮設住宅の近くの郵便局に来ていたので助かった・・・
でも、息子は津波で流された。。。

おばぁちゃんは泣きながら話す。
聞いていて、こちらも泣きそうに。
「うん、うん、大変だったね」・・・としか言えない。

でも、おばぁちゃんはすぐに明るい顔に戻る。

これから、ここに来られる人達は、おばあちゃんと同じ立場の人なんだ。
心の底から「今日はみんなに楽しんでもらおう!!!」という気持ちが湧き上がってきた。

12時前。
人は来てくれるか??・・・と心配だったけど、どんどん人が入ってくる(^^)/

前日にチラシを配ってる時に知り合った、おじいちゃんも来てくれた。
「お~来たぞ~」と握手を求めてくる。
この、おじいちゃんの奥さんも津波で流されてる。
でも、顔は明るく元気だ。

最終的に35名の人達が来てくれた。
皆さん、とぎれることなく歌をうたって楽しんでくれた。
ほとんどの人が、震災後初めてのカラオケだと言う。

今回の企画は大成功でした。
これまでにない、ボランティアだったようです。
今までは、自分が発散するという事が無かったんですね。


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足の悪い方のテーブル席も準備して大正解!

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ほとんどの方は2時で帰ってかれました。
お年寄りが多いから、当然です。
でも、最後まで歌ってくれる人も。


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この、おばぁちゃんは最後まで歌っておられました。
帰られる時の、満面の笑顔が忘れられません。


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私・・・実は、この会場に居たのは最初と最後だけだったんです。

カラオケ大会が始まってすぐに横に座った、60歳半ばの男性と話をしていたんですが、
この方は、夜に市役所関係の会議に出なければならない・・・という事でお酒を飲まずに30分ほどでカラオケ会場を出られました。

その5分後、僕がタバコを吸いに外に出ると、その方が仮設住宅の一番端の方から僕に
「こっちへ来い!」と手招きしてくれていました。

家の前に行くと 「中に入って話をしますか?」・・・と。
今回は仮設住宅の中にも入らせてもらえたら・・・と思っていたので、思いがけない言葉に嬉しくなって
「はい。有り難うございます。」と感謝。

ここで2時間ほど、色んな話を聞かせていただきました。
仮設住宅の中は、テレビで見ていたより狭い。
台所と4畳の部屋が二つ。

一家族4人までは、この1軒の中での生活。
5人以上になると、もう1軒借りられるそうです。
4人では、かなり窮屈な生活になると思います。

この方は夫婦二人で、タンスなども置いて無かったので広く感じたけど
大人2人でちょうど良い感じでした。

さすがに部屋を、写真に撮らせて下さいとは言えませんでした。
それは、失礼ですもんね。

この方、部屋での開口一番 「本当に今日は有り難うございます。みんな喜んでいます。」と
頭を深々と下げてお礼を言って下さいました。
もう、こちらはその姿に感動してしまい、涙をこらえるのに大変でした。

「何も無いけど、お茶かビールか、どっちがいいですか?」と聞かれたので
すかさず遠慮無く、ビール!と返答(笑)
筍のおつまみも出して下さいました


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話の途中で、昨日の新聞を出して「災害公営住宅」の話をしてくれました。
これは、今から建設するそうです。
家族全体の収入と部屋の広さによって、家賃が違ってくる。


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仮設住宅は、昨年の5月から計算して、3年3ヶ月で終了の予定。
その後は、この住宅に入ったらよい・・・と行政は考えてるらしいです。

これは、当日の新聞。
被災者にとっては、家賃が高い!
仮設住宅に入ってる人達の、これからの問題もたくさんありそうです。


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義援金の話も聞かせていただいた。
各、被災地に義援金が入ってるのは分かるけど、どのように使われてるかが
はっきり分からない・・・との事。
これは困ったもんだ。

テレビなどで、色んな団体が義援金を集めていたけど、
その後、それがどう使われたかの報告を聞いた事がない。
これは前から疑問に思っていた。

その点、日本赤十字社の募金は的確に使われていました。
仮設住宅のすべての家に、家電(エアコン・テレビ・冷蔵庫・レンジ・ホットカーペット)などを
現物で支給していました。
我が家も自治体を通して、社員として毎年寄付をしてるけど、ここに使われているのかと思うと
安心した。
日赤さん、これからも協力します・・・って感じ。


色んな話を聞かせて頂いたけど、最後に 「兄夫婦が津波で流されたんだぁ・・・」と
涙ながらに話をして下さいました。
お兄さんの家から少し離れた所で、二人一緒に遺体が見つかったそうです。

「兄は身体が悪くて動かなかったから、お義姉さんが助けようとしたと思う」
「お義姉さんに申し訳なくて、申し訳なくて」・・・と泣いておられた。

やはり、この方も・・・

でも、すぐに笑顔に戻る。

そして 「ここの人達はみんな明るいでしょう?なぜだか分かりますか?」と質問された。

「う~ん」 と唸ってると

「ここに居る人達はみんな同じ境遇なんだぁ。自分だけが辛いんでない」
「みんな辛いのに自分だけ落ち込んでる訳にいかない」
「だから、みんな元気に頑張っているんだよ・・・」

「普通の生活が、どれだけ有り難いものだったか、今になって分かる」・・・と。


今回のボランティア、何ができるか不安もあったけど
何の心配もいらなかった。
こちらは、被災者の方々に寄り添い、心と耳を傾けるだけ。

その中に、おのずと何かが生まれてくる。
逆にこちらが、被災者の皆さんから元気をもらった。

まだまだ書かなければならない事があるような気がするけど
うまく書けません。
今回の報告はこれにて終了です。

この翌日、朝から15時間かけて奈良へ戻り、奈良で1泊して31日、京都に帰りました。

また、唐桑町の皆さんの笑顔を見に行きたいものです。

東北・・・遠い地ではあるけど、機会があったら是非とも行ってみて下さい。
観光でも、ボランティアでも何でもいいと思います。
そこには、きっと何かが待っています。
ヨロシクです(^^)/

長い日記を最後まで読んでいただき、有り難うございました。


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