トトロの写真日記

トトロの日記です! 毎日は書けません・・・(笑)

奈良 12月の東大寺・二月堂

奈良滞在の終盤、高校時代の恩師が訪ねてきて下さったので、
ランチをした後に二月堂へ行ってきました。

恩師は現役の頃は社会の先生。
二月堂近くの奈良女子大出身なので、この辺は詳しいので案内人として最高でした。
先生、有り難うございました。

【二月堂の歴略】

旧暦2月に「お水取り(修二会)」が行われることからこの名がある。
二月堂は平重衡の兵火(1180年)、三好・松永の戦い(1567年)の2回の戦火には焼け残ったが、寛文7年(1667年)、お水取りの最中に失火で焼失し、2年後に再建されたのが現在の建物である(346年前)

本尊は大観音(おおかんのん)、小観音(こがんのん)と呼ばれる2体の十一面観音像で、
どちらも何人も見ることを許されない絶対秘仏である。
建物は2005年12月、国宝に指定された。

ここは、24時間参拝可能です。


春のようなポカポカ陽気の中、東大寺大仏殿へ

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いつ見ても、この大きさには圧倒される。

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元旦は無料で拝観できるんだぁ

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大仏殿から東の方へ行くと、現実離れした風景。
広い!

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少し丘を登ると三月堂が

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三月堂をこえると二月堂。
いい感じです!

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入り口で鹿ちゃんが出迎えてくれました(笑)

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初めて見る二月堂

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奈良の街が展望できます。

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遠くにドリームランドが・・・
夢の跡

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趣のある休憩所
ここも値打ち物です。

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籠松明・・・大きい!
これを一人で持って走るのか?

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びっくりぽん!

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お水取りとは・・・

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ゆっくり休憩して回廊から下へ降りる。

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奈良は、どこに行っても人が少なく、時間がゆっくり流れてるような気がします。
人が溢れる京都は、魅力が失せてきてます。
これからは奈良がいいかも・・・です。

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同じ写真ですがデジブックにまとめたので、どうぞ!

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奈良 12月の長谷寺

初めて長谷寺に行ってきました。

【長谷寺の歴略】

朱鳥元(686)年、僧道明上人が天武天皇のために銅板法華説相図(国宝)を西の岡に安置したことが始まりという。
平安時代には貴族、江戸時代には徳川家の崇敬を集め帰依を受けて栄えた。

舞台造の本堂(国宝)は徳川家光による再建。
寺宝類としては、本尊十一面観音像をはじめ、約千点にも及ぶ文化財を所蔵する。

仁王門を抜け、本堂へと続く登廊(重要文化財)は399段に渡る石段になっており、天井には楕円形の灯籠が吊られている。
登廊は4月下旬から5月上旬に見頃をむかえるボタンに彩られる。
西国三十三所第8番札所。

仁王門は工事中。

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こんな回廊を上って行きます。

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まだ紅葉が綺麗でした。

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清水寺の舞台のミニ版です。

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中の舞台

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12月中旬とは思えない紅葉です。

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五重塔

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寒桜が咲いていました。

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遅い秋の終わり

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冬ぼたんが二輪だけ咲いていました。

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ここはまた訪れたいお寺です。
今度は春がいいかな。

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デジブックにまとめたので、どうぞ!
いい感じです。

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奈良 長岳寺


今月は1ヶ月間、奈良での生活。
東京の友人二人が会いに来てくれたので、奈良のお寺をまわりました。

奈良ホテルで合流。

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いい感じ

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この日、お寺3ヶ所目の長岳寺。

山の辺の道に残る長岳寺は、天長元年(824)淳和天皇の勅願により弘法大師が大和神社の神宮寺として創建された古刹であり、盛時には塔中四十八ヶ坊、衆徒三百余名を数えました。

以来、幾多の栄枯盛衰を重ねながらも、千百八十余年間連綿と法燈を守り続け今日に至っています。
千古の歴史を経て文化財も多く、重要文化財としては仏像5体、建造物4棟があります。

大門をくぐり玉砂利の参道を行くと我が国最古の美しい鐘楼門につきます。
12,000坪の広くて静かな境内です。

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紅葉がきれい。

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のらニャンがたくさんいました。

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日本最古の鐘楼門

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本堂
歴史があるというのか・・・ボロボロでした^^;

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今年は京都より、奈良の紅葉の方がきれいだったように思います。

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最後に庫裏を見て、お寺を出ました。

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奈良 法華寺

法華寺の歴略

大和三門跡に数えられる、品格ある尼寺。
もと藤原不比等の住居であったものを、光明皇后が総国分尼寺として建立しました。

法華滅罪の寺と称し、七堂伽藍を備えて隆盛を極めました。
平安遷都とともに衰え、豊臣秀頼の母淀君によって現在の構えに整えられました。

本堂は桃山時代に再建された和様の仏殿で、木造十一面 観音立像〔国宝〕、乾漆維摩居士坐像〔重文〕などが安置されています。庭園は江戸時代初期につくられたとされ、横笛堂は滝口入道との悲恋の物語で有名な横笛が出家後に住んだといわれるもの。
光明皇后をモデルに刻んだといわれている木造十一面 観音立像〔国宝〕が知られています。

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ここも長閑な所です。

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まだ紅葉が綺麗でした。

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皇帝ダリア

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御柳梅 (ごりゅうばい)

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初めて見ました。

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奈良のお寺は派手さは無いけど、心が開放されていく感じがあります。

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奈良 海龍王寺 


海龍王寺の歴略

飛鳥時代に毘沙門天を本尊として建てられた寺院を、天平3年(731)に光明皇后により海龍王寺としてあらためて創建されました。嵐の中唐より無事に帰国を果たした玄昉が初代住持となったことから遣唐使の航海安全祈願を営むと同時に平城京内道場の役割を果たすことにもなり、玄昉が唐より持ち帰った経典の書写(写経)も盛んに行われました。

平安時代となり、都が平安京に移ると平城京は衰退し、海龍王寺も同様に衰退していきましたが、鎌倉時代になると真言律宗を開いた興正菩薩叡尊により伽藍の大修理を受けると戒律の道場や勉学所として栄え、鎌倉幕府からは関東御祈願34箇寺に選ばれました。

しかし、室町時代になり応仁の乱が起こると奈良も影響を受け、海龍王寺一帯も戦場となってしまい打ち壊しや略奪の被害を被ったことから再び衰退の一途をたどります。

江戸時代になり徳川幕府から知行百石を受けることとなり、本堂や仏画の修理が行われると同時に「御役所代行所」としての役割を果たしますが、明治時代の廃仏毀釈の際に東金堂や什器を失うという大きな打撃を受けます。

昭和28年に松本重信が特任住職として海龍王寺に入寺。
かっては、貞治4年(1365)第13代信尊和尚、康暦元年(1379)第15代興泉和尚、長禄元年(1457)第28代元澄和尚、天文7年(1538)光淳和尚、明和3年(1766)高瑜和尚 と、海龍王寺から五名の西大寺を長老を輩出しており、真言律宗の中でも筆頭格の寺院であった輝きを取り戻すべく自身の手で復興を始め、昭和40~42年には「西金堂」「経蔵」の解体修理をはじめ「国宝・五重小塔の返還、西金堂への安置」、本堂の修理及び伽藍の復興に心血を注いだゆえに、現在の海龍王寺の姿があります。

隅寺という呼び名の由来については、江戸時代に書かれた大和名勝誌にも「平城宮の東北隅ゆえに隅寺と号するのであり、世に法華寺の隅寺と号するのは誤りなり」と記されています

                                                   海龍王寺HPより

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入り口・・・歴史を感じます。

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本堂

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十一面観世音 (重文・鎌倉時代)
きれいなお顔でした。
写真OK!

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五重小塔 (国宝・奈良時代)

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ニャンコは昼寝

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まだ紅葉が綺麗でした。

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麗らかな陽気の中で、ゆっくり時間が流れていました。

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